買取の内部、限定公開!
時には現場のショップスタッフに、ディスプレーの仕方に至るまでアドバイスしています。
私のアレンジするインタビューに関しても、メディアの選択は基本的に任されていますが、あのインタビューはこうであった、今後はこうしたらいいかも、と気づけば必ず適切な助言をしてくれます。
Bグループに入って、そのビジネススタイルに驚かされることはたくさんありましたが、何にも増していちばん刺激を受けたのは会長であるR・Bという人物からでした。
世界的規模で非常に成功したトップのビジネスマンでありながら、いつも謙虚で、フットワーク軽く、自分の耳と足を使い、現場が最も重要と考えています。
岐阜でのイベントのときなど「これがいちばん速く行き着く方法だ」と、スタッフと一緒にローカル線に乗って移動しました。
以前、移動は絶対に車それもリムジンで、ホテルはスイート、飛行機はファーストクラス以外受け付けない、というデザイナーを担当したことがあります。
華やかなフアッションビジネス界では、そのような要望は当然のことなのだろうと思っていました。
しかしBグループのビジネススタイルは、それとは正反対でした。
スピード感あふれ、質実剛健で無駄なことはせず、最初からものごとの「心臓(ハート)」をつかんでいくやり方です。
このスタイルは、私の気性にぴったり合致しました。
Bジャパンで歳月を重ねるにつれ、私の仕事の進め方はすべてWオリジナルになっていきました。
自分が過去に経験した現場の仕事は、部下に一切合財手渡し、自分の心と手はつねに空っぽ状態にするように努めています。
その理由はいくつかあります。
いちばん大事な理由は、まず部下を実践的に育てるためです。
多くの企業を見ていると、上司が仕事を抱え込み、多くの仕事を大事なお雛様ごとく自分の引き出しに仕舞い込み、なかなかディスクローズしないようです。
部下に仕事とポジションを取られるのではないか、と怯えるからかもしれません。
私の場合は、すべての仕事を自分で抱え込んでいたら、それこそ過労死です。
皮袋は常に水であふれている状態になり、新しい水が入り込む余地がなくなります。
だから自分を新陳代謝させるためにも、どんどん部下に仕事を振っていくことにしているのです。
そしてもう一つの理由は、ビジネス戦線にいるからには、いつ何時、火急の要事や突発事項が起きるかわかりません。
そのときはいつも自由に動ける人間が必要です。
しかも、どんな事態であっても対処できる力を持った人間でなくてはならず、それができるのは、部内に今のところ私しかいません。
ですから私は、なるべくフリーハンドでいられるよう心がけているのです。
社長は「Wあれはどうなった?」「これにすぐ着手して欲しい」など、何かに気づけば、アポイントなどなくデスクに近寄ってきて、質問や要望を投げかけます。
そのときに、日頃、私がいつも部下に求める「喜んで、今すぐに」という姿勢を、今度は私が、私の上司である社長に示さなければ、「口だけの上司」になってしまいます。
そしてそういう場合の要望やビジネスは、私にとっても未踏の分野のものであることが多いのです。
部下に任せる仕事は、すべて「私がいつか通り抜けてきた仕事」、もしくは未経験であっても自分の引き出しにアレンジできるレシピを持っていて、部下にノウハウを取り出して見せられる仕事です。
それができない仕事が、すなわち私の仕事になるのです。
さてそれでは、ボスである私がしなくてはならない仕事とは具体的には何でしょう。
それは新たにレシピ作りに取り組み、お客様に「これは美味しい!」と言ってもらえるところまで仕上げて出す仕事、つまり新しいメニューの考案です。
私も経験がないから部下には任せられない仕事、つまりリスクヘッジができない仕事と言い換えられるかもしれません。
未経験の新規ビジネスでも、結果的には「成功」というステージまで持っていくのがプロの仕事ぶりであり、管理職の責務です。
例えば2000年からはじまったメガストア戦略のリテーリング関連のPRビジネスは、私にとっては初めての仕事でした。
しかし販売から営業、販売促進からスタッフ教育まで、ファッション業界に長く幅広く携わった経験が、そのフロントラインに私を立たせてくれた地方でのショップオープンが決まると、オープンするまでのPRの仕掛けが私たちの仕事となります。
出張のコストを考えると、最小限のスタッフと最小限の出張回数で、ローカルのメディアや業者さんたちとオープン前のお膳立てをしていかなくてはなりません。
そのためには、その地方についての理解や知識も、高いレベルで必要です。
例えば地方には地方なりの有力なメディアがあります。
北海道には「北海道新聞」、東海地区には「中日新聞」、近畿地区のラジオにはFM802があるといったように、地域ごとに、発行部数が多く、地元の生活者になじみや影響力のある媒体があるのです。
さらに例えば、雪国札幌では、積雪を避けて皆がよく歩き、ポスターが雪や泥で汚れたり破損したりしにくい地下鉄や地下道を広告の掲出スペースとして意識するというような、細かいけれど大事なことに気づくかどうか。
またビルボードを広告に取り組む場合や、店舗オープンまでの仮囲いの申請でも、地域ごとに景観条例が異なり、京都などは本当に慎重にデザインや色を考えなければなりません。
そんなことも把握しておく必要があります。
このような細部に気を配ると同時に、ボスとして私が最も慎重に管理するのは宣伝費です。
この「お金のやりとり」に関する仕事は、気を引き締めて取り組まねばならないビジネスポイントです。
Bは現在、日本国内に120店舗を有し、さらにライセンシー数社、そしてスポーツブランドを保持しています。
Bの宣伝費は、同業他社から比べれば決して大きい金額ではありませんが、それでも年間億の単位になります。
このバジェット(予算)を有効に使うこと、つまり会社やブランドやショップに有益な活用方法を考え、実行していく任務はとても重要です。
そして公明正大に宣伝費を使用していくには、常に経理と連動し、書類や伝票を証拠として明確に残していかなくてはなりません。
広告予算を管理する立場になると、そのお金目当てに集まってくる烏合の衆がいます。
彼らがエンゼルなのか、デビルなのかを見分けることからはじまり、金額の妥当性の裏を取ったり、提案された企画を精査したり、こうした仕事を経験を元に毅然とした態度で仕切っていくことが必要です。
私自身は、このバジェット管理に巧年以上かかわっていますが、例えばすでに年度の予算は確定しているにもかかわらず、急な出店が決まり、そのための予算が用意されていない場合、そのオープニングにかかわるプロモーションフィーをいかに捻出するかといった難題が時として起こり、いまだにうめきながら仕事をするときがあります。
特に外資系企業の場合は、一度決まった予算の変更はタブーですから、経験の浅いPR担当者ではこの采配は厳しいのです。
ましてやお金が流れる場所である以上、誘惑も多い。
あとで強気の価格交渉をしにくくなるような接待などを喜んで受けたりしないよう、自分自身野性の勘なのです。
買取です。さまざまなユーザーが楽しめる買取です。
買取の完全限定グッズとなります。買取の為になる情報です。
現時点で最高の買取で差がつきます。買取探しならお任せください。
ギルフィー買取について真剣に考えてみました。お仕事帰りでもギルフィー買取ができます。
幅広い分野のギルフィー買取を厳選して紹介。ギルフィー買取をすばやく探せます。
ギルフィー買取を余すとこなく分析しました。日本のギルフィー買取は世界に誇れます。